さんぴん茶ブームの火付け役となったポッカのさんぴん茶は、1993年の発売開始から長い年月を経た今も、子どもからお年寄りまで幅広い世代に愛されるロングセラー。現在は沖縄ポッカコーポレーションの会長となり、関連企業であるフォーモストブルーシール社長となった水田は、さんぴん茶の人気の秘密をどう思っているのだろうか。
「どこにもない沖縄だけのものとして、県民のみなさんが“わった~島のお茶”だと感じてくださっている。その郷土愛に支えられて今があるのだと思う。ブルーシールもきっと同じじゃないかな。本当にありがたいことです」。
さんぴん茶を通して見えてきたこともある。流通業界が「売れない」と決めつけていたものでも、いざ販売してみたら消費者には受け入れられ、ヒット商品になることもある。思い込みや既成概念でアイディアを摘み取ってはもったいない。「私はさんぴん茶がおいしくできたことには自信がありました。『さんぴん茶は売れないよ』とは言われたけど『これまずいよ』と言った人は一人もいなかった。おいしいものはきっと売れる。味わいには絶対に妥協してはいけないと今でも思っています」。
沖縄独自の食文化はたくさんあるが、ウチナーンチュは近すぎてそれがあたりまえになってしまい、宝物だと気が付かない。柔軟な遊び心を持って足元の宝物を見つけていくことが大事だと水田は言う。「私は県外出身で、外からの視点でそれに気づけたのが良かった」。
沖縄に昔から根付く「医食同源」や「以類補類(※1)」の考えをヒントに健康志向をいち早く取り入れ、沖縄ポッカは月桃茶、うっちん茶、グァバ茶といったお茶飲料を世に送り出し、“健康茶といえばポッカ”というイメージを浸透させた。中でもさんぴん茶はそれを象徴する商品だ。しかし近年、沖縄は肥満全国一、長寿ランキングからの転落でかつての長寿県が揺らぎつつある。水田は10数年前から「沖縄の健康長寿奪還のためには官民がいっしょになって行動を起こすべきだ」と叫び続けてきた。今の願いは、沖縄県民の健康に元祖さんぴん茶が役立つことだ、と結んだ。
―――――1人の男の逆風に負けない根性と、多くの人の努力や情熱から生まれた沖縄ポッカのさんぴん茶。それは沖縄ポッカの、そして沖縄の大切な財産になりました。元祖としての誇りを忘れずに、これからも沖縄の食文化に根差し、ウチナーンチュに永く愛されるお茶として、変わらないおいしさを届け続けていきます。
(※1)肝臓が悪くなったら豚のレバーのシンジムン(煎じもの)を飲む、足腰が悪い時にはテビチ(豚足)といった具合に、身体の悪くなった部位には同じ部位の食べ物で補うという中国の考え。
<参考資料:琉球新報「ブームメーカー!沖縄ヒット企画物語」“さんぴん茶”より>